小さな鉄路〜鉄道模型の世界〜

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zoom RSS 日本の車窓(日南線)

<<   作成日時 : 2008/09/15 17:06   >>

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今日は宮崎県南部を走る日南線です。

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関水金属(KATO)製(改造品) JR九州 キハ40系
日南線 各駅停車 宮  崎 行

日南線と言えばイエローに塗られイルカのシンボルマークをつけた日南線オリジナルカラーののキハ40が有名ですが、今のところ製品がありません。
塗り替え改造も考えているのですが、とりあえずJR九州色のキハ40に登場してもらいましょう。

 
 南宮崎と志布志を結ぶ日南線の歴史は古く、大正2年に飫肥〜油津間で開通した宮崎県営鉄道に始まり、昭和10年に国有化され油津線となり、同16年には北郷〜志布志間が開通して志布志線の一部となりました。
 残る北郷〜南宮崎間は昭和38年に開業、このとき志布志〜北郷間を編入して現在の日南線が完成しました。
 よもやこの編入が大隅半島の交通事情の明暗を分けることになろうとは、当時は誰も思わなかったでしょうね。

 かつて終点の志布志は大隅線、志布志線が接続する交通の要衝で、都城、鹿屋、国分方面への列車が発着していましたが、昭和62年に大隅線と志布志線が廃止され、今はホーム1本だけの寂しい終着駅になってしまいました。

 都城から志布志まで旧志布志線のルートに沿って走る大隅交通ネットワークのバス路線には、「末吉駅跡」や「松山駅跡」のように往時を偲ばせるバス停が残っていますが、鉄道のなくなった旧駅前は閑散としていて、一抹の寂しさを感じます。


 とりあえず日南線の列車の待ち時間に駅近くの居酒屋で昼食をとりましたが、お酒のメニューはと見ると芋焼酎の多いこと・・・やっぱりここは鹿児島県なんだと納得させられます。

 志布志を出て数分、次の大隅夏井駅を過ぎるともう宮崎県です。

 時折海岸沿いを走り、車窓いっぱいに志布志湾や日向灘のきらめきを眺めることができるからです。
 真夏なら白い砂浜と碧い海のコントラストも美しく、海の香といっしょに海水浴客の楽しむ声まで聞こえてきそうです。

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 難読駅名で知られる途中駅の飫肥駅は、かつては伊東氏の城下町だった飫肥の表玄関です。
 古い街並みが残る南九州の小京都と呼ばれる飫肥は、日向の伊東氏と薩摩の島津氏の勢力争いの舞台となった場所で、そのシンボル飫肥城跡には往時のの石垣や大手門前の石段などが残っています。
 江戸時代にタイムスリップしたような武家屋敷の一角には、飫肥出身で不平等条約の改訂に尽力した侯爵小村壽太郎記念館もあり、ゆっくりと散策するにはもってこいの観光地です。

 

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