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zoom RSS 帰省雑感 〜209系のお話〜

<<   作成日時 : 2006/08/21 01:32   >>

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 数ヶ月ぶりに横浜の実家へ帰省しましたら、我が家の周りで大きなニュースがありました。

 というのは実家の近くにあった横浜プリンスホテルが6月いっぱいで閉館となっていたのです。

 横浜プリンスホテルは昭和28年に旧東伏見宮別邸を買収して建てられたホテルで、JR磯子駅前の崖の上にそびえる巨大な建物は磯子のランドマークとなっていました。

 我が家でもよく利用し、正月のおせち料理はもう二十年以上お任せてしていましたし、レストランやコーヒーショップ、夏の風物詩となっていた東京湾を眺める野外ビヤガーデンも快適だっただけに、閉館は残念です。

 噂によるとホテルの建物は解体し、跡地にはマンションが建設されるとか・・・。

 ところで、この横浜プリンスホテルは崖の上に建っているため、崖下の磯子駅からアクセスするためには急勾配の専用道路を上らなくてはなりません。

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            専用道路
 この道はプリンスホテルの私道なのですが、磯子から汐見台方面への近道なので、実際には公道のような使われ方をしています。


 かつてはこの道を通って磯子駅とホテルの間に無料の送迎バスが運行されていましたが、数年前に崖下に建設された西武系高層マンションのエレベーターと連絡橋を利用した新たなアクセスルートが作られていました。
           

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             遙か上方を跨ぐ専用橋(プリンスブリッジ)


 エレベーターで一気に山の上に上がると言えば、ユングフラウのスフィンクス展望台が有名ですが、崖の前の高層建築物を利用したものは珍しく、地形をうまく利用したものだと感心したものです。

 ただしこれはあくまでもホテルの利用者に限ったサービスでしたので、今後どうなるのかはわかりませんが・・・。

    ◇      ◇
 ■■■■■■■■■■

 さて実家からのお出かけに磯子駅から久しぶりに「走ルンです」こと209系に乗りました。かつては茶色の73やスカイブルーの103系が活躍した根岸線も、いまは209系と横浜線からの205系が主役となり、建設当時から近代的な橋上駅舎だった磯子駅との組み合わせもより近代的なものになりました。

 
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           トミックス製209系(何となく磯子駅風に)


 平成13年にあっと驚く程大きな偏光ガラスの固定窓で登場した209系ですが、今回側窓の一部が開閉式に加増されていました。
 この大窓はリブのない車体と相まってシンプルで美しいサイドビューを持っていましたが、この改造でややデザインの統一性が欠けてしまったのは残念です。

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 確か両端の窓は一部開閉可能だったはずですが、緊急時の換気を考慮しての事なのでしょう。

 209系がも走り初めてはや13年、9の番号に恥じず新技術満載のJR東日本期待の星としてデビューしました。

 まず平成3年に901系として誕生。
 それぞれ異なった仕様を持つ3編成が試作され、京浜東北・根岸線で数々の実車実験が行なわれました。

 これらの編成はその後標準化工事が行われ、それぞれ209系900番台に編入されましたが、車内のインテリアが異なるので、乗ると「あれっ」と違和感を感じます。
  
 そして平成5年に量産編成が京浜東北・根岸線に集中投入され、その後のJR東日本の車両に一大革命を起こしたことはもう皆さんご存じのとおりです。

 0番台はその後南武線にも投入され、川崎駅でスカイブルーの209系と南武色の209系が並ぶこともあります。
 

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          トミックスからは南武線用も発売されています(何となく川崎駅風に)
              

 その後、八高線用の3000番台や姉妹車である東京臨海高速鉄道の70ー000系がデビューしましたが、平成10年からは車体幅を広げた500番台が登場しました。

 この500番台は総武・中央緩行線用の車両でしたが、デジタルATC導入に伴う車両不足を補うために京浜東北・根岸線にも導入され、0番台との並びも見られます。

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           0番台と500番台(何となく、桜木町〜関内間風に)


 その後常磐緩行線用の1000番台が登場したものの、平成12年からは新世代通勤電車E231系の大量導入へ移行していくのですが、209系で培われた設計思想は今でも十分新鮮さを保っており、後輩車両に受け継がれていきます。

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           後継車両E231−500番台と(何となく田町駅近く風に)


 実は地元の車両ということもあって、私はこの209系が結構お気に入りなのです。

 その理由の一つが、それまでの国電デザインを一蹴するほどのインテリアデザインです。

 特にシートは205系までのスプリング方式からウレタン充填方式の硬質なバケットタイプとなったのですが、これがきわめて快適なのです。

 それまでの国鉄の通勤電車は短時間の乗車を念頭に設計され、シートの居住性は二の次にされていたようです。

 長く乗る方が悪いと言われればそれまでですが、朝はいつも磯子から始発電車を捕まえ、東京まで1時間近く座って利用していた私にとって、103系のシートは落第でした。

 103系、特に古い車両のシートは上端が硬く、座っていると背中が猛烈に痛くなるのが一番の困りもので、比較的シートの柔らかい車齢の若い車を選んで乗っていたのですが、209系の登場でそれは根本的に改善されました。

 登場から13年、209系のシートもさすがにモケットのへたれが目立つようになりましたが、その固めの座り心地は相変わらず快適です。



 座席を2+3+2に割って設置された握り棒や、大型の座席仕切り板も本格的に採用されたのはこの209系からです。

 ラッシュ時は邪魔になるとの意見もありましたが、京浜東北・根岸線の混み具合なら問題ないようです。
 定員着席を促し、立ち客は体を支える場所が増えるので、103系時代より遙かに楽になりました。



 ところで大阪では首都圏ほどラッシュが激しくないせいか、握り棒のない車両が多く、JR西日本の最新型321系もシート端の握り棒はありません。

 シートについても着席表示のある車両は少なく、近鉄や京阪の車両に至ってはロングシートの継目すらなく、どこへ座っていいのか迷います。

 座席についても定員マイナス1名着席が暗黙のルールのようで、シートの着席表示があってもそのとおりに着席しない人がほとんどです。

 これは座席が空いているなら詰めて座ることはないと言う大阪式の合理的な考え方に基づくものなのでしょうが、乗車時間が短い近畿圏ならではの光景でしょう。


 私も大阪に転勤したときは東男の意地をもって定員着席を心がけていたのですが、一人だけきちんと座っても後はゆったり座るのですから、結局座れる人数はいよいよ減ってしまいます。

 さらには「兄ちゃんちょっと寄ってンか・・」などと酔っぱらいにも絡まれてしまう始末・・・

 結局ラッシュ時は両端の席以外には座らないようにしていました。

 御堂筋線の10系の一部に6人掛けのシートの真ん中に握り棒を入れた更新車が登場していますが、実情は大阪風にゆったりと4人しか座っておらず、実質定員の低下を招いただけのようです。



 これだけは文化の問題なのでどちらがよいとはいえないのでしょうが、せっかく出来上がった東京式の定員着席ルールですから、今後とも守もられていって欲しいものですね。

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