小さな鉄路〜鉄道模型の世界〜

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zoom RSS ライバルからフェローへ

<<   作成日時 : 2006/08/04 22:54   >>

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すこし旧聞ですが、東武鉄道とJR東日本の日光相互乗り入れが始まりました。

 JR宇都宮線栗橋駅にJR宇都宮線と東武日光線を結ぶ渡り線を新設し、新宿〜東武日光間を結ぶ直通特急電車が運転され始めました。

 車両は東武は100系スペーシア、JRはモディファイされた485系が使用されています。

 これを記念して(?)ラウンドハウスからJR東日本485系「日光・きぬがわ」号が発売になり、我が鉄道でもトミックスの東武100系との並びが実現しました。

 異なった会社の車両の並びはやっていておもしろいものです。

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こんなのとか

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こんなのなんか

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ちょっとありそうでなかった組み合わせですね



 日光を見ずして結構というなかれ。

 関東の人間にとって日光は箱根とならぶ観光地の双璧であり、誰もが一度は訪れる場所です。
 例幣使街道の杉並木から始まり、東照宮、中禅寺湖、華厳の滝、奥日光から尾瀬へ、そして鬼怒川、塩原と老若男女が楽しめるあらゆる種類の観光地が続き、通年にわたり都心と日光をルートは重要な観光路線となっています。

 もともとこのルートには国鉄と東武という二本の鉄路があり、ライバルの関係にありました。

 最初に日光へ鉄道を引いたのは日本鉄道で明治23年のことです。国有化の後もしばらくは日光への観光客を独占し活況を示していましたが、昭和4年に東武鉄道が日光線を開通させると両者の間で旅客の獲得競争が始ることとなりました。

 「西の名阪、東の日光」と呼ばれたそのその熾烈な競争の中から数々の名車両が生まれたわけですが、その絶頂期にいたのが昭和30年半ばに登場した国鉄157系と東武1720系DRC(デラックスロママンスカー)はです。

 特に東武1720系DRCは、「こだま」型を意識した強烈な先頭デザインで、シートごとに独立した窓や、中間車に設けられたジュークボックス付きのサロン、専属アテンダントの乗車や英語によるサービスなど、国際観光地日光を意識したレベルの高い車両でした。

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                             東武浅草駅にて


 一方の国鉄157系は、新性能電車151系と153系の合いの子のような車両で、特急型に準じた車両でありながら、もったいなくも「準急」としてデビューさせたのですから、その意気込みや推して知るべしです。
 路線網の広さを生かして「湘南日光」など都心を貫通する列車を運転し、関東各地から日光へのアクセスをとっていました。

 しかし国鉄は宇都宮駅で折り返さなくてはならない日光線の線路条件や、東北本線の通勤輸送が限界を迎えつつあったことから日光線直通の優等列車を漸減し、東北新幹線開通の昭和57年には定期優等列車を全廃、これでこの競争は東武の一人勝ちとなったのです。

 しかし、この競争に勝利した東武鉄道にも悩みがありました。

 観光旅行の多様化で日光を訪れる観光客が頭打ちになる中、東北道や日光道の開通によるバスや自家用車への観光客のシフト、浅草駅のターミナルとしての地盤沈下、通勤輸送の増加に伴う東武伊勢崎線の線路容量の飽和などがそれです。

 そして再び都心〜日光間の優等列車復活を画策していたJR東日本と利害関係が一致し、比較的線路容量に余裕のある山手貨物線を経由した直通運転が始まったのです。
 
 かつての熾烈な競合を思うと、まさに「ライバル」から「フェロー」へです

 インフラストラクチャーの有効利用という面からも、価値の多様化による鉄道再興という面からも大いに評価すべき事業だと思います。

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